オーディオショップに行ってみよう

「あ、この機器良いなぁ。欲しいなぁ。」

 それじゃあ、いつ買うか。今でしょ!今しかない!今買うしかない!円安進行だし、決算時期だし、今買わなければ来月には30%も値上がりしてしまう!買え!買うしか無いんだ!僕たちに残された道は、オーディオ機器を聴かずにネットショッピングでぽちるしかないんだ!

 購入には、そういう気合が大切だと思います。自分も長らく使ってる機材は、見た瞬間身体に電気が流れたようにビビっと来て、ろくに調べもせず買ったものが多いです。逆にうーん、どうかなぁとか言ってやってるうちに買ってしまった機器は2年ぐらいすると手放してしまうことが多いですね。
 案外、見た目の直感と音は直結していて、こんな音がするだろうと思って聴くとそういう音のものが多いですし、ビビっと来たものを聴くと、更にビビビっとくることが多いです。もうそうなったら買うしかないです。だから、はっぴーばすでーはっぴーばーすでー、昨日までのあなたは死にました。おめでとう、おめでとう。明日からの君の方が、僕は好きです。おめでとう。

 こんばんは。さて、何の話かというと、試聴をしにオーディオショップに行く話です。他のものに例えると、動物を見に動物園に行く。絵画を見に美術館に行く。お酒を飲みに居酒屋に行く。当たり前のことです。そして、音を聴く経験を重ねないと分からないことはたくさんあります。何がいいのか、何が悪いのか、自分の好きなものは何なのか等々。知るためには聴かなければ始まりません。さあ、オーディオショップに行きましょう!
 
 他の例と唯一違うのは、買わなきゃこちらから何か支払うことは無いということです。しかも、コーヒーぐらいは出してくれます。動物、絵画を見に行くのにはお金がかかり、居酒屋に行って席に座るだけでお通しが出されることを考えると、ノーマネーで音楽が聴けるというのは何て素晴らしいということでしょうか。
 しかし、忙しいこの世の中、目的もなしにふらっと行ける人はそうそうないと思います。動物や絵画をただ見るのではないのと同じように、知っておくと更に楽しめることがオーディオショップにはあります。

 まず、どこのオーディオショップに行くか決めましょう。とりあえず家の近くにあるショップか、もしお目当ての機材があるなら置いてあるショップが良いでしょう。
 決めたら予約しましょう。予約しなくても大丈夫といえば大丈夫ですが、他に試聴の予約が入っていたりで集中して聞けないことがあります。同じようにどんな機材が置いてあるのか聴いておいて、それをあらかじめ調べておくというのも良いかもしれません。巷の評判と自分の感想を比べてみるのも面白いです。
 そして大切なのが、何の曲で機材の音を聴くのか、ということです。自分の聴いた事のない音源で、店員にあーだこーだ言われてもいまいちピンとこないと思います。何がいいのか何が悪いのか、自分が知っている音源で比べるのが一番です。新しい発見があるかもしれません。
 
 さて、試聴用音源とは何なのか、何を選べばいいのか。私の考えを書こうと思います。
 
 まず第一に必要なのは、大好きで何べんも繰り返し聴いている曲であることです。何回も繰り返し聴いていると、曲構成も分かっているし、自分の中での聴きどころというのがはっきりしていると思います。微妙な違いで、ぼやんと聴いているだけでは分からないことも、大好きな曲なら自然と集中出来ますから気づくはずです。
 第二に音が良いもの。当然、音がいいとは何かということになるのですが、言うならば、演奏の雰囲気が伝わってくる、繊細な響きを感じる。言い換えると秘められた何かがあるもの、でしょうか。自分が引きつけられる何かがある音源の方が良いです。大好きな曲とかぶっているように思うかもしれませんが、曲、演奏としては面白くないんだけど、何故か聞いてしまうっていう音源も含まれます。もちろん、曲、演奏も大好きだし、音も良いなら言うことはありません。
 
 最後に、これはあまり言っていいものかどうか分かりませんが、オーディオショップには色んな人が来ます。あなた以外にも。その人たちが不快にならないものだとなおよしです。実例を挙げると、音楽に貴賎があるのかということになりますから挙げません。ご自身で判断してください。
 
 試聴用の音源を決めたら、それを持ってオーディオショップに行くだけです。出来ればCD原盤の方が良いです。いくらネットワークオーディオ全盛の時代でも、持ち込みには対応していないショップもあります。CD-Rに焼くのも出来ればやめた方が良いです。海外メーカーのプレイヤーだとCD-Rを読み込めないどころか、壊れる場合があります。
 
 ショップに行ったら、とりあえず置いてあるのを聴いてみましょう。数セット置いてあるショップが普通ですから、価格とデザインで、買えそうでビビっと来るものを選べば大丈夫です。問題はそれからです。
 自分が選んだ音源をかけると、いつも聴いている環境と違いますから、何かしらの違いを発見できると思います。家のより低域が多く出る、小さい音が良く聞こえる、空間にふっと音が浮かぶ。まぁ色々機器によって違いがありますが、それを見つけるのは簡単です。問題はその違いが、自分にとって正しいかどうかをいかに判断するかということです。それは、はっきり聞こえて良い音なのだろうか、低域はどのくらいの量がちょうどいいのか、今まで家で聴いているうちは考えもしなかったことが、違う環境で、しかも良いとされるものを聴くと頭に浮かんでくるはずです。あなたのオーディオ人生はそこからはじまります。
 
 20分ほど、4曲程度でしょうか、聴いていると不満点が少なからず出てくると思います。もし出なかったら買いましょう。悩む時間が無駄です。問題はその不満点をいかに解決するかということです。オーディオショップなので店員さんに伝えて意見を聴くというのが一番なのですが、自分の印象を伝えるというのは難しいです。研究(※)によれば、オーディオ雑誌に用いられている用語は1322語あるそうです。馬鹿みたいですね。その中でも共通認識を持ちやすい用語が30個挙げられているので列挙しておきます。
 
音場感、雰囲気(質)、実存感、細かい表情の再現、深み、気品、まとまり、自然さ、安定感、厚み・こく、線の細さ、抜け、躍動感・生命感、滑らかさ、繊細感、透明感、鮮明感、軟らかさ、ふくらみ、温かさ、艶、響き、ドライ・ウェット、歯切れ・締まり、スピード感、力感、量感、歪感、静寂感、再生帯域
※”音質を表現する評価語の調査分析”,日本音響学会誌 52(7), 516-522, 1996-07-01 より抜粋

 ふふふ。馬鹿みたいですね。良い音で聴くためにコミュニケーションを考えなくちゃいけないなんて。でも、店員さんにアドバイスを受けたり、自分の考えを伝えたりする際は言葉にしないといけません。
 
 不満点を伝えると、店員さんは何かしらのアクションを起こしてくれるはずです。もし、苦笑いしながら、これはこういうもんなんですよ、とか言われたら二度とそのショップに行かなくていいです。断言します。そういうショップはあなたをターゲットにしていません。もっとバブリーな方々をターゲットにしています。
 まぁ今どきそういうショップも少ないでしょう。大抵「じゃあ、アンプをこっちにしてみましょうか」とか「ケーブル変えてみましょうか」とか言ってきます。どんどんそれに乗りましょう。何を変えるとどう変わるかも重要な要素です。自分の耳で体感しましょう。
 
 あっちはどうか、こっちはどうかとかしていくうちにあっという間に時間は経ってしまいます。20分のローテーションでも、システムA,B,Cとあったら、A、B、A、B、C、Aという風にどんどん比較すると2時間ぐらい経つでしょう。自分の経験ですが、2時間以上あれこれやってるとよく分からなくなってきます。自分でそう感じたら、潔く諦めて帰りましょう。
 忘れてはならないのは、家に帰った後に、今聴いてきたものは家のシステムと比べるとどうだろうかと比較することです。何でも比較が大切です。慣れてくると、このアンプがこうだからシステムとしてこんな音が出るんだなとか分かってきますが、それは対象以外の機器の音をどこかで聞いたことがあるからです。そういう経験というか慣れというか、そういうものが無い限りは比較して、気付いたことを覚えておかないとよく分からなくなってしまいます。
 繰り返しになりますが、比較するのは低域がどうだとか細かい音が聞こえるかどうかではありません。曲がどういう印象に聞こえたかの一点です。決して木を見て森を見ずのような現象に陥らないようにしてください。
 
 以上、オーディオショップに行って試聴をする際の心構えでした。最初は敷居が高いように感じますが、音楽とオーディオに真剣に向き合うようになってくると、自然と身に着くようになると思います。
 
 さて、一番つまづくのは試聴音源だと思うので、参考までに自分が使ってる試聴用音源を紹介しようと思います。
 自分は試聴時にはこんなものを持ち歩いていきます。

大体CDが25枚程度入っているのですが、もちろん全てかけるわけではありませんし、ラインナップは時々変わります。ただ、どんな試聴でも必ずかけるものがあります。
 
 1.FAKiE/Aquarius
 (To the limit Tr.1)
 
 最初の方はあんまり集中できないので、ギターとボーカルのみのシンプルな構成のものをかけるようにしてます。
 判断基準としては次の通りです。
 
 ・音の定位
 ボーカルとギターがセンターに位置していますが、微妙にボーカルが左、ギターが右にいます。また、ボーカルとギターがどのくらいの大きさか、ギターのボディの鳴りが、弦の音とあまりにもかい離していないか、も見ます。
 
 ・ボーカルのリバーブの表現
 ややウェットなリバーブがかかっていますが、これをどう表現するか。もやっとしてたらアウト、それが距離感に繋がっていたらおっけーですね。ギターがやや前、ボーカルがやや後ろに聞こえます。
また、ボーカルのロングトーンのところでコンプがかかっているのか、ボーカルが一歩奥に行きます。
 
 ・ボーカル、ギターの艶っぽさ
 あまりにハイファイな機器だと、つるっとして何も聞きどころのない曲に聞こえますが、そういう音はあまり好きではないので、そこそこ艶っぽく聞こえる方が好みです。
 
 ・ギターのアタック感
 ギターのテクニックがこの曲の聴きどころのひとつですが、システムによっては何弾いてんだか分かんない表現をすることがあるので、一応チェックします。
 
 
 2.Eric clapton/Change The World
 (clapton chronicles the best of eric clapton Tr.2)
 
 ・キックの量感及び定位
 かなりどぎついキックですが、これがしっかり塊に見えるかどうか。このキックはやや右に定位しているのですが、それがきちんと分かるかどうか。
 
 ・コーラスの実存感
 サビの部分でコーラスが入りますが、それがあたかもそこにいるかのように聞こえるかどうか。
 
 ・破たんしないかどうか
 他の2曲に比べて音圧が高いので、のっぺりと聞こえないかどうか。みかけの音圧は高いですが、きちんとダイナミックレンジが取れているので、良いシステムだと凄く良く鳴ります。
 
 3.チャイコフスキー交響曲第4番第3楽章及び第4楽章冒頭
 (ピエール・モントゥ/ボストン交響楽団 XRCD盤)
 
 ・ピッチカートの音場感
 この音源は珍しく対向配置で演奏されているので、第3楽章の第一第二バイオリンのピッチカートが非常に立体的に聞こえます。
 
 ・木管の滑らかさ、艶
 第3楽章のピッチカートが終わった後、中間部分で木管が入るのですが、それがいかに官能的に聞こえるかどうか。また、ピッコロの強い高域が破たんなく再生できるかどうか。
 
 ・暗騒音の実存感
 第3楽章はかなりレベルが小さいので、しっかり聞こうと思うとレベルを上げることになります。そうすると目立ってくるのは暗騒音、まぁノイズですが、これがただのノイズではなく、ホールにいると錯覚させるようなものだと完璧です。
 
 ・大音量での圧迫感及び破たんの無さ
 前述の通り、第3楽章は小音量で、続けて第4楽章は大音量から始まります。そこでうおっと思うような音ではなく、素直に受け入れられる音がベストです。
 
 以上、こんな感じです。参考になれば幸いです。